ここでは千代田区にある歴史的な建造物などを紹介しようと思います。
秋葉原駅の電気街口からガード沿いに南へ向かい、神田ふれあい橋を渡ると途中で左手に見えてきます。
駅からは歩いて5分程度です。
この周りにもマンションがたくさん建って、だんだん埋もれてきてしまいましたが、電気街とは違ってとても静かです。
この神社の由来は、室町時代に太田道灌公が江戸城の鬼門除けとして
この辺りに柳の木をたくさん植えたことからこの名がついて、
長禄2年(1458)に江戸の鎮守として祀られたそうです。当時は対岸の外神田の方にあったとか。
境内にはたぬきの像があって、「おたぬき様」と呼ばれているそうです。
「たぬき」=「他抜き」とかけて、他に抜きんでるという意味から勝負事や立身出世、
金運向上にご利益があるとされています。
皇居のお堀端に臨んで建つこの建物は、古典的骨格をもちながら、装飾を拝し、稲田産花崗岩による重量感のある壁体で構成されている。
建物の意匠は洋式建築の名手と言われた渡邊仁の作品で、無表情ともとれる表現の中に力強さを感じさせる。
技術的には我が国最初の潜函せんかん工法で地下4階まで掘り下げられ、都市防空の上でも十分爆撃に耐える建築と言われた。
戦争中は屋上に高射砲陣地が築かれ、戦後は連合国総司令部(GHQ)がおかれ、マッカーサー総司令官の執務室が残されるなど、日本の昭和史を彩る建物とも言える。
日比谷公園内にある自由の鐘は1776年米国の独立宣言に際し自由の喜びを天下に告げた歴史的記念物である。
しかし、この鐘はその鐘銘の聖句にもある通り「すべての国とその住民に自由を告げる」自由の象徴である。
米国民間の匿名有志はその複製を連合軍総司令官リッジウェイ大将に託し、これを広く日本国民に贈りたいと申出た。
よってリッジウェイ大将は自由の擁護者たる新聞を通じ広く日本国民に贈ることが最も寄附の趣旨に副●として昭和27年4月日本新聞協会に寄贈された。
日本新聞協会に●の一角に自由の鐘塔を建造してこれを東京都に寄贈し広く国民と共に自由の鐘の歴史的意義を銘記せんとするものである。